ATRI -My dear Moment- 総評感想
※ネタバレ注意
執筆者:やーみ@suxamethonium28
Abstract
・「人格」の起源論
→ATRIは倫理的にグロテスクである
・規模の経済とゲーム全般のクオリティ
→規模の経済を利用した、販売価格を遥かに上回るクオリティ
・その他細々とした雑感
→アトリさんにフェチが詰まっている
・「人格」の起源論
Aniplex.exe製のノベルゲームである。"海に沈みゆく穏やかな街で、少年とロボットの少女の、忘れられない夏が始まる――"と公式サイト(1)にある通り、少年とロボットの少女との青春活劇である。いわゆる美少女ゲームのクリエイターである枕とFrontwingがタッグを組んで作った本作では、大方の予想通り少年とロボットの少女とは恋仲になる。
さて恋愛をするとはどういうことか。無数の先行研究があろうが、新明解国語辞典第7版にはこのように記載されているらしい(孫引きだがご容赦を)。
"特定の異性に対して他の全てを犠牲にしても悔い無いと思い込むような愛情をいだき、常に相手のことを思っては、二人だけでいたい、二人だけの世界を分かち合いたいと願い、それがかなえられたと言っては喜び、ちょっとでも疑念が生じれば不安になるといった状態に身を置くこと"『新明解国語辞典』(第7版)より引用
この恋愛に関して、ロボットの少女との恋愛といえばエロゲにおいては散々問われた内容であるが、ロボットの人格をどのように解釈するか、という問が存在する。昔の作品ではTo Heartのマルチ(3)(当方未プレイ)、であったり、ダ・カーポの美春(4)(当方既プレイ)であったり、近代や現代にも無数の作品がある。概ねロボット自体に人格を認めることが多いように思える(この意味で、ピュアソングガーデン!(5)ではロボットの素体にキャラクターの人格を入れてロボットの素体で性行為に励むなど、ある意味画期的だったのかもしれない)。
さて本作においてヒロインであるロボットの少女アトリの人格を規定したものはなんであったのか考えていきたい。いわゆるGood Endを時系列に沿って大胆に要約すると以下のようになる。
1:主人公の祖母が主人公の母にヒューマノイドロボット「アトリ」を買い与えるが、主人公の母はいじめられていることの憂さをアトリにぶつける
2:主人公の母はいじめの過程で命の危機に瀕するが、アトリが暴力沙汰を起こしかばう
3:アトリ及び同一ロットのヒューマノイドは暴力沙汰によりスクラップ予定だったがアトリは脱走。
4:主人公の母、事故死。このとき主人公は片足を失う。
5:暴力沙汰の過程で祖母がアトリに感情があることを見抜き、ノアの方舟的施設のコアになる役割を与えるため、アトリを「冬眠」させる
6:高等教育機関で落伍し田舎に逃げてきた主人公が冬眠したアトリをサルベージ
7:田舎の人たちと潮汐発電などで親睦を深める過程で、主人公はアトリへの恋心を芽生えさせる。
8:アトリが「人格があるフリ」をしていることが判明。
9:過去の暴力沙汰に恨みを持つ人間の強襲の過程で、アトリに人格があることを確認する。
10:アトリ、ノアの方舟的装置のコアとなり半永久の存在となる。
さてアトリに人格があることが明らかになるのは上述の要約の2の地点である。この時点で人格があったからこそ、ロボット三原則を無視し暴力沙汰を起こし得たのだから。するとアトリに人格が芽生えたのはそれ以前である。では彼女に人格が芽生えたのはいつか。
人格をinnate(もともと持っているもの)とするかaquired(後天的に獲得したもの)とするかは議論が分かれるところであろう。デカルトは「我思う故に我あり」(6)という有名なフレーズを残しているが、このあたりの内容は全くの無知なので深入りしない(当方素人につき。試しに1個総説(7)を読んでみたが、論理が飛び飛びと思われるからかおよそ何を語っているのか理解できなかった)。
大別してinnateかaquiredかそれらの複合かという分類は集合論的に正しいと思われる(いわゆる「世界には2進数が分かる人とわからない人がいる」し、実際チョットワカル人もいる、に近い分類である)ため、いずれかを仮定して考えを進めることにする。
まずアトリの人格はaquiredなものと仮定する。この考えは言ってしまえば「人格」や「心」と言ったものは経験や記憶の積み重ねから得られる反応である、という思想でよいと思われる。
平易に例を述べる。「甘いドーナツがもらえたので、嬉しくてありがとうと感謝を述べた人」を考える。なぜ「甘いドーナツを貰える」ことが「嬉しい」ことに繋がるのか、そして「感謝を述べる」ことに繋がるのか。
それはまず「甘いドーナツ」が本人にとってプラスであるからである。過去に甘いドーナツを食べてポジティブな気持ちになったことがあるのだろう。
そしてポジティブな気持ちにしてくれた相手に対して感謝を述べることで、人間同士の関係性が上手く行ったり更に相手が自分をポジティブな気持ちにしてくれたりする経験があるのだろう。
もし「甘いドーナツ」にネガティブな思い出(甘すぎて苦手など)があれば、さほど喜びの感情にはならないだろう。
感謝の念を述べて逆に自分に不利益がある経験をすれば(うるさい、と怒鳴られたなど)、礼を言うのに萎縮する。
このような経験を膨大に蓄積することで最適な解を出すことが人格の源泉である、という考え方である。
これは作中においてヤスダ(要約9に登場するヒューマノイドに関する科学者)の思想に近くある。
これに対し主人公は作中で経験による人格の成長を認めつつ、一般のヒューマノイドに「自発的な意識」が存在しないことを肯定しているが、上述の主張の明示的な否定はない。
実際に主人公の発言で、「アトリにだけ(自発的な意志が)生じた。きっかけは知らないが、シリーズ全てに同じ可能性があったはずだ」と語っている。
更にTrue Endではノアの方舟的建造物のコアとなって希薄化したアトリの経験の中に、アトリのコアが凝集した状態で存在していることが明かされる。
主人公と本作のシナリオではいわゆるinnateな人格の存在を仮定していることになる。
innateな人格を仮定すると本作は倫理的(筆者個人は好きな言葉ではないが)にかなりグロテスクな作品になるという問題がある。それは「人格の源泉」であったアトリと同一ロットのヒューマノイドをすべてスクラップにした、という作中事実である。
医学系研究科における倫理講習でしばしば講義される内容に、ES細胞((9)に詳しいが、要は卵細胞から作る、その気になれば胚(生き物の赤ちゃんの中の赤ちゃん)に出来る細胞である)の取り扱いについてがある。
(8)に挙げた内容は京都大学大学院での倫理講習のお知らせだが、ヒトES細胞を扱う研究者にはこれらの倫理講習が義務付けられている。
細かな内容は残念ながらWeb上では見つけられなかったが、倫理講習の目的は(10)に記載の通りである。大変に要約してしまえばES細胞がヒト胚になりうることを危惧し、これらの細胞が無闇矢鱈に作成・消費・処分されないことを規定したものである。
このES細胞作成に関する倫理的視点は、今回のアトリと同型のヒューマノイド大量スクラップに外挿することが出来ると思われる。
言ってしまえば「人格」を持ち得た(人格を得た要因が不明である以上、もしかしたらスクラップの中に人格を得ていたヒューマノイドがあるかもしれない)ヒューマノイドの大量殺戮と性質は近くあると思われる。
もちろんこれらのことをATRIの作者が意識しているかどうかは不明であるが、innateな人格を認めると、かなり生命になるPotentialがあるものの大量殺戮というグロテスクな行為が行われている作品となってしまう、という見方があり得るのだ。
本作においてヒューマノイドの人格がinnateであることを明示した内容は、True Endにおいて、ノアの方舟的構造物の中でコアを維持しているアトリが描出されたことに依る。
前述の通り、ヤスダとの言い合いではaquiredな人格形成論を述べるヤスダを主人公は明瞭には否定しない。よって実は筆者やーみはTrue Endにたどり着くまでは、作中のロボットの人格形成をaquiredだと考えていた。
故にTrue Endで人格がinnateなものであると主張されたことで、本作の倫理的グロテスクさを痛感した次第であった。別に倫理的にグロテスクであるからと言って悪いわけはないのだが、True Endで筆者やーみの読後感がかなり悪くなってしまったことは記載しておく。
なお本作のBad Endではすべての記憶を忘れた上でアトリは機能停止する。人格はaquiredだと思っていた筆者にとって、記憶≒人格を全て消失した上でアトリが機能停止に陥るとはなんと「Bad End」だろうかと感心したことも付言しておく。
・規模の経済とゲーム全般のクオリティ
ゲームとしてのクオリティは非常に高いと感じた。キャラクターの線画や塗りはキレイで、背景画像は美麗の一言。BGMの質も高く、水の演出などはいかにもPULLTOP出身のYow氏である。シナリオの青春活劇はさすがの紺野アスタ氏であり、ユーザーインターフェースも使いやすく、とても販売価格2000円の作品ではない。
これらの要素には当然にかなりの費用がかかっていることは想像に難くない。なぜ2000円でこの作品を販売することが出来るのか。ひとえに「規模の経済」を生かした制作であったと思われるからであろう。
「規模の経済」とは(11)に詳しいが、要は大量生産によって一般に単価は低下するが、単価低下が起きにくい原材料費などの「固定費」と、広告宣伝費などの単価低下が起きやすい「変動費」があり、「変動費」が大きい物事の場合大量生産で製作コストを下げられる、というものである。
順に述べる。まずFrontwingと枕がタッグを組んでいる。エロゲユーザーにとってはグリザイア系でヒットを飛ばしているFrontwingと、サクラノ詩や素晴らしき日々など巷で高評価を受ける作品を出す枕とが手を組んでいる時点で、エロゲユーザーへの訴求力が高い。
更に大元がサブカル大手のAniplexの系列であることにより、サブカル層全般にATRIが視認される機会がありうる。
多言語対応し、海外ユーザーが多いSteamでの配信を行うことで国内外にユーザーを広げる。これらによって販売数を増やすことが出来る可能性がある。
さてノベルゲームにおいて、上述の「固定費」・「変動費」に該当するものはどれであろうか。ノベルゲームは電子データである。
電子データに原材料費はあるか。電子データの元データを作ることには多大な費用がかかるが、元データ作りの費用は生産本数を2倍にしても2倍にならない。電子データのコピー費用は事実上ゼロ円に近い。大量生産をして単価が落ちないものはSteamなどのプラットフォームに支払う費用くらいだろう。
よってこの作品作成に要する費用の多くは変動費に該当すると推定できる。すると規模の経済の良い対象である。
なお一般にエロゲがコンシューマーゲームに比べVolumeの割に高価であるのは、これらの逆を行っているからであると考えればわかりやすい。
ノベルゲームにもこのような横綱相撲を行うクリエイターが出てきたのである。
・その他細々とした雑感
・アトリのキャラクターボイスに関して、筆者は若干棒読みの印象を受けた。筆者は最初声優さんの演技が下手だと思っていたが、ロボット少女の声色としてはこの若干棒読みが丁度いいのかもしれない。
・太陽光でアトリのスカートに太もものシルエットが出現しているの、フェチを感じる。アトリのスカートの下はどうなっているのか一体。太もものシルエットが出ているということは、まさか「はいてない」?
・背景絵が本当に美しい。特にエデン(上述のノアの方舟的構造物)の背景が荘厳かつ退廃的な様子がありありと伝わってきた。
・エデンの起こす波に関して柳田理科雄的に誰か考察してほしい笑
参考文献
(1)ATRI 公式サイト story
https://atri-mdm.com/story/
(2)新明解国語辞典で恋愛を引くと心が苦しくなると話題 pouch
https://youpouch.com/2014/01/30/166264/
(3)Yahoo! 知恵袋 ToHeartのマルチのお話は泣きゲー……
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1371703818
(4)アニオタWiki 天枷美春
https://w.atwiki.jp/aniwotawiki/pages/6753.html
(5)Erogame scape Suxamethonium28さんのピュアソングガーデン!の感想
https://erogamescape.dyndns.org/~ap2/ero/toukei_kaiseki/memo.php?game=24967&uid=Suxamethonium28
(6)Goo辞書 我思う故に我あり
https://dictionary.goo.ne.jp/word/%E6%88%91%E6%80%9D%E3%81%86%E6%95%85%E3%81%AB%E6%88%91%E5%9C%A8%E3%82%8A/
(7)社会、他者、倫理および人格の存在論的意義について― 存在概念の由来に関する試論 ― 内藤可夫, 「人間と環境 電子版」4(2012)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/uheoka/4/0/4_KJ00008345339/_pdf/-char/ja
(8)京都大学大学院 ヒトES細胞倫理研修会の開催について
https://www.med.kyoto-u.ac.jp/blog/japan/news/news-prerelease/20111102-1/
(9)東邦大学(ES細胞)
https://www.toho-u.ac.jp/sci/biomol/glossary/bio/embryonic_stem_cell.html
(10)ヒトES細胞等からの生殖細胞の作成に関する指針案の概要
https://search.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000064554
(11)GLOBIS知見録 規模の経済で読み解く
https://globis.jp/article/1945