湯豆腐のようななにか

はじめに少しだけ気合を入れて。その後はだらんと。

妹のおかげでモテすぎてヤバい。を読んで思ったこと

妹のおかげでモテすぎてヤバい。を読んで思ったこと
※ネタバレ注意

Abstract

・これは感想でも総評でもありません。
・登場人物のほとんどに「自由意思」がない
・「自由意思」は無くても人間は幸福に生きていける

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エッチなゲームだからですね!

 

 


 一目惚れした他校の女性を追いかけて他校に転校した主人公が、自らに自信をつけるために、「刻廻の儀」という「今後の人生の縁をすべて現在につぎ込むことで強烈なモテ期を作り出す」魔法を用い、一目惚れした恋心を貫いていくというお話である。

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儀式の様子

 

 さてこの作品においては自覚的か無自覚かは知らないが、「モテ期を作り出す」という行為において、攻略可能ヒロインから示される主人公への評価ポイントに強烈なバフがかかることになる。すなわちわざと単語を強くして書けば、主人公(とヒロインの妹メグリ)により、攻略可能ヒロインはマイルドな洗脳状態を強いられることになる。

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フィルターが強い

 

 さてその洗脳された状態で告白してくる攻略可能ヒロインたちは困ったことに自らが洗脳されていることに自らのみでは気が付けない。あくまで彼女たちは「個人の自発的な意思」として主人公に愛をささやくのである。なんとも性格が悪い。

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自覚がある妹メグリでもこれ

 

 加えて「妹のおかげでモテすぎてヤバい。」の妹メグリ√においては「妹メグリと主人公とは前世で悲恋をし、(前世から見た)来世で結ばれることを運命づけた」という設定が出てくる。なんと攻略可能ヒロインたちの「自由な意思決定」を簒奪した主人公とヒロインとも、彼彼女の恋愛感情は「前世からの運命」であったと述べるのだ。果たしてこのゲームの世界のキャラクターに「自由意志」はあるのだろうか。

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前前前世

 

 この話を考えるためには「自由意志」について考える必要がある。

 

 自由意志とはなんだろうか。この「自由意志」という単語は困った使われ方をしている用語であり、哲学的、法学的、医学的に微妙に意味が異なっている語のようである。
 哲学的な「自由意志」に関しては大脳皮質が電気的に決定した事柄をその下流の構造がストップをかけることが出来るか、というニューロン的な考え方があり、その期間は0.2秒だそうだ(1)。

 

 この「妹のおかげでモテすぎてヤバい。」という作品ではこのような「自由意志」のあり方を論じているわけではないため、この実験の是非などについては深入りしない。

 

 次に法学的な立場の「自由意志」について軽く触れる。刑法では「人は素因的・環境的要因によって制約されつつも制限された範囲で自由な意思決定によって行為しうるとする相対的非決定論を前提」として法体系が構築されている(らしい)(2)。

 

 ここで問題となることは「そもそも人間に自由意志があるとは限らない」ということである。そもそも刑法は行為者を処罰する規則である以上、そもそも行為者に「自由」がないのであれば当然行為者に「責任」は発生しないわけで、「責任」がない者を処罰することは無意味である。すなわち「責任および刑罰は、自由意思を仮設として前提しなければ、存立不可能な制度と理解せざるを得ない(3)」となる。

 

 法学的な「自由意志」の存在は人類社会の大前提であるとすると、次の医学的な「自由意志」について理解がしやすくなる。

 

 医学的な「自由意思(なぜか医学界隈では「自由意志」ではなく「思」を使うのだが、その理由について筆者は知らない)」とは、とてもラフに要約してしまえば「十分な知識と必要な情報の理解に基づいて、研究に参加することについてになされる個人の自発的な」意思のことである(4)。この「自由意思」は、法学的な「自由意志」の存在を前提としていることは容易く想像出来る。

 

 そしてこの「自由意思」は臨床試験(いわゆる治験がこれに含まれる)に参加する一般人を前提とした単語であるため、そのイメージも極めて日常生活に近くある。

 

 さてここで一つ問題がある。それは哲学でも問題になった「個人の自発的意思」はどこまで認められるのだろうか、ということである。臨床試験において代表的なものは自己決定権が制限されている未成年や、成年後見がついた方などが臨床試験に参加する際に問題となる。これらについては言ってしまえばありふれている問題のため、回避策は大方統一されたものが存在する。他にも興味深い例では「収監されている人」は「本人の自発的意思」であるかどうかが確かめられないのでexcludされる(5)。このように「自由意思」を担保出来る状況とは意外に多くない。

 

 話を「妹のおかげでモテすぎてヤバい。」に戻そう。臨床試験においては収監されている人が除外されていた例もあるように、「自分の意思に反してその境遇にいる人」には「自由意思」を認めていなかった。とすると本作で「告巡の儀」の影響下に存在した人間は、その術を履行した主人公トキヤと妹メグリを除いて、全員「自由意思」は無かったと見做さざるを得ない。更に主人公トキヤと妹メグリも「十分な知識と必要な情報の理解に基づいて」、「刻廻の儀」を執り行ったわけではないから、ある意味彼彼女らの「自由意思」も危うい。これらを踏まえると「妹のおかげでモテすぎてヤバい。」に登場する人物で、「自由意思があった」と認定できるキャラクターは叶とその兄のみとなる。

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本当にそうだろうか



 

 さてここでさらなる問題が生じる。果たして「自由意思」があることは人間にとって幸福なことなのだろうか。

 

 

 「決定回避の法則」という実験がある。6種類のジャムと24種類のジャムを試食コーナーに並べ、自由に試食させたところ試食コーナーに立ち寄った割合は24種類のジャムを並べた場合のほうが多かったが、実際にジャムを購入した割合は6種類ジャムを並べた場合のほうが多かった、という実験である(6)。

 

 この実験は選択肢が多いことが必ずしも良いとは限らないということを意味していると考えられる。では実際に幸福度を規定するものが何かは(6)の論文を見る限り決着がついていないようである。例えば「Jecker(1964)は、選択前の葛藤量とは無関係に、消費者は選択結果に対する不協和を解消するために、自身の選択を正当化する傾向を持つと主張した。」と(6)の論文で記載されている。

 

 仮にこのJeckerの主張が真理に近いと仮定すると、これを「人間が自信の選択によって幸福を得るためには、自信の選択を正当化出来ることが必要である」と読み替えることも可能と考えられる。

 

 

 話を「妹のおかげでモテすぎてヤバい。」に戻す。すなわち「刻廻の儀」に操られていた攻略可能ヒロインたちが幸福であるためには、「その選択はあくまで自分が選んだものである」という「自己正当化」が求められる。そしてこの作品では明確にそれが提示されていた。彼女たちは「自由意思」がなかったとしても不幸ではなく、むしろ幸福だったのだ。

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キャトられ♥恋はモ~モク ♪

 

 ほんわかとした本作も、「自由意思」という観点から見ると途端にグロテスクな背景設定となり、それでもなおヒロインたちの幸福は奪われていない、というなんとも興味深い作品であったと思う。

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エロゲ、二人だけのセカイに行きがち

 

 

以下雑感

(純文学側から見れば)ふざけたタイトルのライトノベルが出てきたのがこの作品の登場少し前で、この作品がラノベのそういった形式に乗っかったタイトルとOPを出してきたの、発売当初に驚いた記憶がある。

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奥付

 

以下参考文献リスト

(1)自由意志の三要件と脳科学との関係 -John―Dylan Haynesの研究を中心として(上)-
法学研究論集, 53: 147-161

https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/dspace/bitstream/10291/21257/1/hougakuronshu_53_147.pdf

 

(2)自由意志 wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E7%94%B1%E6%84%8F%E5%BF%97#%E5%88%91%E6%B3%95%E5%AD%A6

 

(3)刑法授業補充ブログ 刑法学における意思自由擬制説批判 
https://strafrecht.exblog.jp/25573856/

 

(4)ICR-臨床研究入門 用語集 インフォームドコンセント
https://www.icrweb.jp/mod/glossary/view.php?id=29&mode=&hook=ALL&sortkey=&sortorder=&fullsearch=0&page=-1

 

(5)INTUITY Elite 臨床試験の成績等
https://www.pmda.go.jp/medical_devices/2017/M20170619001/170492000_22900BZX00188_J100_1.pdf
7ページ 除外基準20

 

(6)八木:選択肢数と選択の繰り返しが選択結果の主観的満足度に与える影響
https://core.ac.uk/download/pdf/268585135.pdf