湯豆腐のようななにか

はじめに少しだけ気合を入れて。その後はだらんと。

天気の子 総評感想

天気の子 総評感想
執筆者:やーみ@suxamethonium28

当たり前のようにネタバレ注意

Abstract
・エロゲ的分岐が想像できる時点でエロゲ的である
ゼロ年代セカイ系に発展的解釈を与えた作品と思われる
・ピストルという小道具の巧みさ
・バスローブをはだけるシーンがあるよ!

天気の子 公式は以下のリンク先

https://tenkinoko.com/ 

 

 

 本作に対して「PS2版天気の子を遊んだことがある気がしてならないんだ」というレビュー(1)が掲載されるほどエロゲ的であり、ましてゼロ年代のエロゲ的な作品であると評する声は散見される。実際に確かにこれはゼロ年代セカイ系に基盤を置く作品であろうと思われ、雑多に感想を綴る。


 ゼロ年代セカイ系とはどういうものか。東らによれば(2)、
「主人公(ぼく)とヒロイン(きみ)を中心とした小さな関係性(「きみとぼく」)の問題が、具体的な中間項を挟むことなく、「世界の危機」「この世の終わり」などといった抽象的な大問題に直結する作品群のこと」である。

 ニコニコ大百科においては以下の特徴が挙げられている(3)。
・物語は主人公とその周辺のみで展開する。
・主人公は世界の危機などの世界規模の問題に関わることになる。
・主人公は世界の危機に向き合うと同時に日常生活も送っている。
・主人公とヒロインまたは主人公周辺の人物との関係性が世界の危機に直結する。
・主人公は世界の危機の解決とヒロインの命の二択を迫られる。
・主人公の精神世界や心情描写が重視される。


 主人公はセカイか彼女かの二者択一を迫られ、それぞれ選んだモノに応じてシナリオが分岐していく、というものである種分かりやすい。(1)のレビューにおいてはAirを挙げているがこれは言い得て妙な例示で、セカイを選べば青髪の霧島佳乃遠野美凪ルートに分岐していくであろうし、彼女を選べば平安の時代からの呪いに関する話である神尾観鈴ルートに分岐していくであろう。

 本作においても(1)のレビューに記載の通りだが、セカイを選べば大方須賀夏美(K&Aプランニングの女性)ルートに入るし、「彼女」を選べばTrue/天野陽菜ルートに入る。そして須賀夏美ルートにおいては、夏の太陽照りしきる東京で二輪を二人乗りしている一枚絵がラストCGとして表示されるのだろう。TrueENDにおいて二人が警察から原付を二人乗りして逃亡していたシーンはまさにその差分となりうるだろう。

 しかしかながらそんな一枚絵に当然陽菜は居ない。なんというか「Kanon」の名雪とあゆとの表裏一体さ(4)であり、誰かを助けると裏で誰かが犠牲になっている、という要素はまさしくある種のゼロ年代エロゲであろう。

 はみ出しものの疑似家族、という要素はDG-Law氏の感想(5)にも指摘があるが「家族計画(6)」「CLANNAD」「大図書館の羊飼い(7)」など例示は容易に出来、この辺りも何ともエロゲらしい話ではある。


 ここまでは本作の、ある種のゼロ年代セカイ系エロゲの下敷き要素を述べたに過ぎない。本作においてセカイ系を発展させた要素は、「セカイの終末」は文字通りの catastrophy ではなく、「終末」の後もそれに適応して生きる人類が描かれたことである。

 細かく述べる。本作で与えられた「セカイ」は徹底的に首都圏でのみ閉じていた。故にその「セカイの終末」は首都圏にのみ限局した。まずこの時点で他地域は無事である。故に現代社会のサプライチェーンは完全に止めを刺されることはなかった。

 更に「終末」の与えられ方は3年以上降り止まない雨であり、緩徐に首都圏は水没していった。故に瀧くんの祖母は居住区を手放しても、首都圏の他地域に転居することが出来た。以上「終末」としてはかなり生ぬるいモノになった。故に「終末世界」に生きる人類も鉄道の代わりに船便を発達させるなどの適応行動を取ることが出来た。

 この適応をする余裕があった、というものは巧い逃げ口上であったと考える。セカイ系では「セカイ」か「彼女」かの選択が与えられ、選ばれなかった方は犠牲になる、というものであった。いわば主人公の色恋沙汰という赤の他人には一ミリも関係の無い要素により、無辜の一般の民は犠牲を強いられていたのだ。 この独善性はセカイ系の読み手を選ぶ大きな要素であったと私は考えている。

 一方で本作では身勝手な主人公の選択があっても、東京という街は上述の通り生きている。選ばれなかった方を犠牲にするという文脈を弱めたことで、セカイ系のイヤミたらしさを削ぎ落としたのではないかと考えられた。これが私が本作を「発展的ゼロ年代セカイ系」と評価した理由である。なお同様の指摘はDG-Law氏の感想(5)にも記載がある。


 個人的に評価しておきたいものは、ピストルという小道具の巧みさである。この小道具は本作を冗長にさせないという意味で重要な役割を果たした。
まずこのシナリオはピストルという非日常を持ち出さなくても成立する。ピストルが登場したのは陽菜をチンピラから助け出す際と、代々木の廃ビルで須賀圭介(K&AプランニングCEO)と警察と向き合ったシーンでだけしかない。いずれにしてもピストルはなくても話は進行できる。陽菜救出の際には警察を登場させてチンピラを追いかけさせれば良いし、廃ビルでのシーンは後述の意味で重要だが、別に廃ビルでやらなくても他の方法で出来る。

 さてでは何故ピストルを話に出したか。私が思うに廃ビルでの発砲シーンをやりたかったためであろうと考えられた。説明する。上述の「セカイ系」においては「セカイと彼女との二者択一」が課せられた。どちらかを選べばどちらかは犠牲になる以上、その選択には逡巡があってもおかしくはない。むしろその迷いこそシナリオの魅せ場でもあった(もちろん私見)。

 しかしながら本作は映画であり、2時間しかない。ウジウジと迷っている主人公を描いている余裕はない。かといって即断即決「彼女」を選ぶ、では主人公の決意が一時の気の迷いによる浮わついたものにしか見えず、説得力が乏しい。そこで「彼女」を選んだ主人公は、その決断を貫徹するために、「セカイを選べ」と説得してくる上司兼恩人に向けてピストルという殺傷器具を使った。無論殺害の意図があるわけではないため主人公は天井に向けて発砲するわけだが、凶器を使用する意思があるほどの固い決意だ、ということをアピールするには十分なシーンである。主人公が警察のお尋ね者になるのもその決意の強さを表す要素として強調される。これらをもって主人公の意思を示すことで、大幅な時間短縮に成功したわけだ。

 

 取り敢えず一昔前のエロゲーマーは全員見に行っても損はしない気がする。

 

以下雑感である。

・陽菜ちゃん、そんな18才がいるか! (昔の職場に高1と言われても通用する20代後半の童顔の女性が居たので、意外に居るところには居るのかもしれない)

・陽菜のバスローブシーンもあるし、なんならバスローブをはだけて自らの身体の変化を明け透けにする。ちょっとエッチ。というか僕はここでLittle Busters! の能見クドリャフカルートの紋様を刻むシーンを思い出した。

・猫のアメ、丸々と肥えた3年後の様子が何ともかわいい。

・序盤のはみ出しもの描写(陽菜を助けるまでのシーン)、結構しっかりと時間を使っていたな、という印象。

・主人公の家族描写・須賀夏美や天野凪の心情機微・須賀圭介の家族描写、かなり端折られていた。これらもちゃんと描くとフルプライスエロゲの分量になりそうだ。

平泉成が役じゃなくてそのまんま平泉成

・三葉といい陽菜といい、これは新海誠氏の性癖だろうか、良いぞもっとやれ。

 


以下参考文献
(1)セラミックロケッツ PS2版天気の子を俺たちは遊んだことがある気がしてならないんだ。

cr.hatenablog.com

(2)東浩紀ら 波状言論 美少女ゲームの臨界点 

(3)ニコニコ大百科 セカイ系

dic.nicovideo.jp

(4)Kanon 構造分析 5

[http://tatuya.niu.ne.jp/review/kanon/[kanon](5).html]

(5)nix in desertis 天気の子

blog.livedoor.jp

(6)MANTAN WEB 新作ゲーム紹介:「家族計画」 はみ出し者たちの奇妙な共同生活

mantan-web.jp

(7)nix in desertis 大図書館の羊飼い

blog.livedoor.jp