湯豆腐のようななにか

はじめに少しだけ気合を入れて。その後はだらんと。

アマツツミ 総評感想

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総評感想を書き終わった(らせた)後の僕です

拙稿は先行レビューを一切見ずに書いた純度100パーセントの僕の感想です。

(疲れていただけとも言う)

 

アマツツミ 総評感想 ※ネタバレ注意
執筆者:やーみ@Suxamethonium28

 

「大変に気分がいい」
 別作品の名言ではあるが、読了直後の私の心理状態であって、なるほどこの作品は大変に面白いものであった。特に第四章のほたる編(前編)の出来がピカイチであったと思う。その背景には第一章から第三章までで登場人物、特に主人公の成長物語を終わらせておいたことが影響しているように思う。

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色を得ていく主人公くんのお話

 私がこの作品から読み取った主なproblemは三点あり、順に「贖罪」「自己同一性」「エゴイズム」である。これらを総括するとこの物語は「Ego」の物語であると私は考えている。おのおののproblemに関して「Ego」という側面から考えていくことにする。

 まずは「贖罪」に関して述べていくことにする。この作品の登場人物は様々な意味で「罪の意識」を抱いている。これはいわゆるキリスト教的原罪ではなくて、あくまでも個人的なものだ。

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table 1. 罪の意識について

 表1に概ね呈示しておくが、例えば響子は幼少期の水難事故において、鈴香を自身の身代わりに失ったことへの贖罪の念が強い。故に彼女は「幽霊が見てしまう」というおよそ常人には耐え難い苦痛を、失った鈴香に会えるかもしれないという考えで、堪えることが出来た。

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 また愛も、敵わぬ恋敵であった姉への嫉妬心から、姉を自らから遠ざけんことを画策し、姉を里の外への買い出し組に選抜させた。結果その買い出し組は外の世界から流行り病を持って帰ってきてしまい、想い人である誠の命を危うくし、恋敵であった姉、誠の両親を喪ってしまった。愛は姉のことを忘れないためのある種の自罰として、姉の最期の"言霊"であった"雪"の言霊をそのままにした。


 これらの贖罪の念に対して"Ego"という観点を見ると、特に愛と響子とはこの「贖罪」が彼女ら自信の"Ego"を形作る極めて大きな要素になっている。この手の女の子が抱える「贖罪の念」を解消していく物語はエロゲにおいて例を考えるに、枚挙に暇がない。例えばKanonを代表とするKey作品などはわかりやすいであろう。

 

 

 第二の要素である「自己同一性」について考えていく。

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table 2. 自己同一性に関して

 この物語においては主にほたるルートにおいて「自己」をどのように定義するかという問題提起が成されていた。ほたるルートにおける出題を要約すると「人間は何らかの事象によって価値観が転換することはままあるが、価値観が転換した前後の人間は両者同一人物であると言えるのだろうか」である。

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ほたるに起きてしまった奇跡

 念のためほたるルートにおける状況を整理しておくと以下のようになる。本来健康で好奇心の赴くままに周囲の人間に笑顔をもたらしていた水無月ほたるが、癌末期であると告知され、世界から隔絶され身体的精神的霊的苦痛を味わう羽目になった。ほたるはその苦痛の中でままならない自らに対して、世界を恨み、生存への渇望とすることで自我を保とうとした。死の淵にあって「生きたい」という強い願望によって病気を罹患していなかったときのような健康さをもった「ほたる」を偶発的に目の前に生み出した。その新たに生み出された「ほたる」は今病に臥せっているほたるから日常における彼女の地位を完全に奪った。主人公である誠は日常生活を送る「ほたる」に恋をし、彼女の事情に深入りしていく過程で、病に臥せっているほたるの存在を知る。ほたると「ほたる」の差の中で彼女の自己同一性を主人公がどう考えるかによって、作中ではほたる編一もしくはニへと分岐していくことになる。

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自己同一性を認めなければ「Fワードが言えてしまう」

 前者においては主人公はほたると「ほたる」の自己同一性を認めず、彼自身が惚れ込んだ「ほたる」を唯一の水無月ほたるとし、だまし討ち的方法で癌末期のほたると心中することを選んだ。後者においては主人公がほたると「ほたる」との思考の差異はあくまでお互いの裏返しであることを見抜き、自己同一性を認め、健全な肉体の「ほたる」にほたると「ほたる」の魂を纏めることで水無月ほたるという一人の存在を愛していくことにした。


 自己同一性はegoを考える根幹になるものである。私の前提思想として、「自意識」は己の経験(=記憶)の蓄積によって形作られるものである、という立場を取っている。この立場に則ると、病魔に侵されていない「ほたる」と死の淵にいるほたるとでは経験している事象が異なっている。正確には「ほたる」も今の肉体には癌は無いが、癌に侵されたときのほたるから分岐しているものであるので、癌末期の状態を「経験」してはいるが、現在進行かどうかは大いに違うであろう。経験している事象が異なっているならば当然後述するが自動思考の駆動の仕方も異なるわけであって、まして記憶の集合体である「自意識」も別物であるはずだ。よって私にとって最も面白かったと思うシナリオはほたるルートその一(病魔に侵されたほたると心中するルート)であった。

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神なら別人。先のウェディングドレスとのコントラストがキレッキレだ

 ところが今回の物語においてはほたると「ほたる」とに自己同一性を認めるほたるルートそのニがTRUEルートであった。これは製作者側がそちらのほうの立場を取っているからであろう。ルートを見ていると、ほたるの癖などが「ほたる」と類似していることに"ほたると「ほたる」"との自己同一性を指摘している。その癖の差に気がついた理由は、主人公がほたるとの対話を行ったがゆえであって主人公の元来の目的は「コミュニケーションを取りたい」であったことを踏まえると、こちらが物語上Trueであるのは妥当なのであろう。癖はどうやらinnateなものと考えているようで、制作側はその個人が存在していることが自己同一性を担保するものであると主張しているようだ。そういう考え方もあっていい。現代心理学的には自己同一性を担保するものは何なのか、私は知らない。

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対話の重要性

 

 エゴイズムに関しては、もう僕が拙稿を書くのに疲れたので書かない。誰かきっと書いているでしょ(投げやり)。

 

 エロゲにおいてにおいて重要なことは概ね三点あると考えている。第一に「事象が描けているか」、第二に「その事象が起きた時に当事者はどのように感じたかと、その思考に至る背景」、第三に「当事者はその後どのような行動を取っているか」である。これらは精神科領域で使用されている(らしい。本稿筆者はその道の人間ではないのでこの理論がどの程度実際に使われているかは知らない)「認知行動療法」という理論を逆に使ったものである。この理論においては"人間は常に自らの環境における状況や出来事について様々な認知(自動思考)をしており、その内容が行動、気分、身体反応と相互に関係している。(1)”としている。これらを逆に考えれば、「環境や状況」と「自動思考及びそれの背景」とを読者に提示すれば、この理論を援用して事象をと自動思考とを追体験でき、行動に説得力が生まれてくることになる(なお実際の認知行動療法では行動も自動思考と相互作用をしているようだが)。

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認知行動モデル 参考文献(1)より

 

 これらの三点を明確に描いていることがこの作品の大きな強みであって、特に主人公の元々「何色でもない」状況が、様々な少女の物語を乗り越えていく過程で「色」を獲得してく状況は丁寧に描かれていた。主人公の行動もやや独善のキライが強い面もあったが(特に前三人のルート)、これも「色」を獲得していく過程では仕方がない。良いヒロインは良い主人公があって初めて成立する(という言説をTLで見て感心したのだが、誰のTweetか覚えていないので出典が示せない)。主人公のキャラがしっかりと読者に提示できている作品は自己犠牲でも十分面白いのだと思う。

 

 最後に、結婚式におけるほたるん、何故乳が膨らむ。解せぬ。

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胸囲の大成長



参考文献リスト
(1)認知行動療法の理論と基本モデル 塚野 弘明
岩手大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 第14号 451:459,2015