湯豆腐のようななにか

はじめに少しだけ気合を入れて。その後はだらんと。

映画「君の名は。」総評感想

Blogの賑やかしに、昔書いた文章を掲載しておく。

Magical Charming ! とリトルバスターズ! のネタバレが多分に含まれています。

 

君の名は。 総評感想
執筆者 やーみ @suxamethonium28

 

 新海誠氏の監督作品である。世評では絶賛の声が多い。私もこの作品に対してはかなりの好印象を抱いている。この物語によって新海氏が表現したかったことはやはり「boy meets girl」なのだろう。そして彼がテーマとして選んだものは「結び」であった。いずれもお題としては平々凡々である。しかし新海氏は「それらを表現するための手法」に関して、ひねった手法を用いてきた。映画のシナリオ構造を考えていくことでそれらを紐解いていこう。

 

 映画館でこの作品を視聴し始めて、私は数分で思ったことが一つあった。更に中盤彗星が糸守へ墜落したことが明らかになったシーン辺りで、冒頭に抱いた印象を再び抱き直した。この作品は極めて「エロゲ」的なシナリオ構造を形作っていることにであった。どういうことか説明する。

 

 今更同好の諸氏に語るのは釈迦に説法であるが、少々エロゲのシナリオ構造について示しておく。殆どのエロゲ(紙芝居型)においては、共通ルート→個別ルートと言う順に話が進んでいく。この時共通と個別の位置関係は大別して3種類に分けることが出来る。第一に共通ルートの後個別ルートがフォークのように分岐していくフォーク型(To heartなど多数派を占める萌えゲーに多い印象)、第二に一本道のシナリオがあってそこから枝葉が分枝していくかのように個別ルートが分かれていく樹木型(失われた未来を求めてなど。アマツツミもこのタイプだと聞いた)、第三に時間軸の最初においてシナリオの根幹をなす何か事件が起き、その後個別ルートを攻略していくことで少しずつシナリオの根幹が明らかになっていくループ的要素を含む、回帰型(リトルバスターズ! やMagical Charming! などが該当する)である。一部のエロゲには「グランドルート」と呼ばれるゲーム全体を総括するようなシナリオがついていることがある。このグランドルートは樹木型、回帰型においてよく見られる手法だ。

 

 ここで「君の名は。」のシナリオ構造を今一度考えてみよう。まず冒頭で男女の入れ替わりのドタバタを繰り広げる。次いで入れ替わりができなくなりヒロインと主人公は連絡が取れなくなる。主人公はその足で糸守まで行き、彗星墜落の現場を目の当たりにする。噛み酒の奉納先の存在を思い出し、移動、ヒロインの噛み酒を飲む。隕石が墜落する前のヒロインのからだに再び憑依する。そこでヒロインは隕石墜落現場から住民を避難させるために奔走する。最後に東京で"boy meets the girl."する。

 

 これらの要素をエロゲに当てはめてみると、入れ替わりのドタバタが「共通ルート」に当たる。エロゲの共通ルートでは登場人物の思想信条を示したり、個別ルートの伏線をばらまいたりする。実際この作品でも彗星の周期(1200年周期で現れる彗星が1200年前に墜落して湖を作っている)、なぜか繋がらない電話(3年時間がズレている以上、電話番号は無意味)、異様に遠い距離にあるご神体(隕石被害を回避するため)などの伏線が配置された。またエロゲ共通ルート独特の「突然入るお色気シーン」に関してこの映画でもヒロインの胸を揉みしだいたり、バイト先の先輩のスカートが切られたりと完備されていた。ギャグに関しても「胸を揉みしだく天丼」は笑いを引き起こせていた。視聴者を繋ぎ止めるお色気シーン、ギャグ、そして個別の伏線張りと見事に共通ルートの役割を果たしていた。

 

 そして映画においてヒロインと連絡が取れなくなった部分は「個別ルート」に対応する。ところで主人公が糸守の隕石墜落現場を目の当たりにした時に、私が思ったことを書いておく。「ああこれリトルバスターズ! の鈴BADか」。どういうことか説明する。リトルバスターズ! という作品は恭介(鈴の兄)に依存しきっていた理樹(主人公)と鈴(ヒロイン)とを独り立ちさせるためにリトルバスターズの面々が理樹と鈴に様々な困難を課す、彼らの成長物語である。鈴BADにおいて鈴は課された困難を突破できるほど心を成長させることが出来なかった。故に鈴BADでは鈴の心が逆に砕かれてしまった。要は準備不足だったのだ。「君の名は。」において主人公は彗星が墜落する前のヒロインと連絡を取ることが出来た。にも関わらず主人公は知らなかったからだが、彗星の墜落をヒロインに伝えられなかった。やや強引な考え方だがある種の準備不足だったのだ。そしてヒロインの身体が隕石で砕けるというBADENDを迎えたのだ。映画において主人公が糸守を訪れたシーンはエロゲーにおける個別ルートに類似している、と考えた理由はここにある。なお映画での個別ルートに対応する部分おいてヒロインは「噛み酒」というキーアイテムを残していったことは特筆に値する。エロゲーにおいて回帰型のシナリオの場合、各キャラの個別ルートではそれぞれキーアイテムであったり有用な情報を残していく。例えばリトルバスターズ! のクドリャフカルートでは「奇跡の存在の明示」という役割が、小毬ルートでは「世界がまやかしであることの提示」と「リフレインでの絵本の提示」の2つの役割がある(1)。

 

 さて映画の主人公はそれでも諦めなかった。ここでヒロインが残していった2つのアイテムを基に、彼は願った。ここでの「結び」がBADENDからの突破口になっているわけだが、この構造は「Magical Charming!」のそれによく似ている。Magical Charming!においては4人のキャラの個別ルートでそれぞれ各ルートに付き一つの「世界に一つだけのもの(オリエッタではマフラー、秋音では婚姻届、妹ちゃんではウェディングドレスのチェキ、先輩では着物)」を作らせる(が個別ルートにおいてイスタリカの救済は起こらず、やがてイスタリカは破綻するBADを迎えたであろう)。そしてそれらの「only one」が4つ勢揃いしていることを矛盾として世界の根幹に迫っていく、と言う流れで「グランドルート」が進行していく。君の名は。 の主人公が「やり直す」チャンスを得ることが出来た理由は「彼女の半身である噛み酒」を自らの中に取り込んだことによるものであった。これは個別ルートにおいて残された有用なアイテムや公開された情報を元にグランドルートを突き進んでいく構図に似ている。

 

 君の名は。 におけるグランドルートは間違いなく、このシナリオの根幹のシステムである「隕石墜落による死」という「不条理」を回避する物語であろう。主人公たちが取った手段は「山火事を装って被害地区から村民を脱出させる」という方法であった。がそれは失敗に終わり、最終的にはヒロインが父親と向かい合うことで「避難訓練」という形を引き出すことに成功した。ここでエロゲーのグランドルートを見ていこう。Magical Charming! のグランドルートでは「イスタリカの崩壊に先立って無関係な一般生徒を避難訓練を装って島外に脱出させる」というものであった。またRewriteより前の鍵作品では「不条理の回避のためにはその悲劇に耐えうる心の強さを持っていること」が全作品で徹底されている。映画を視聴している際にこれらの類似性に気がついた時は思わず笑みがこぼれたことを覚えている。

 

 今まで個々論で君の名は。 のエロゲとの類似性を指摘してきたが、わたしは新海氏をパクリだのと批判したいわけではない。そもそもこの「エロゲ的手法」がそもそも何かのパクリである可能性もある。本質的に私が強調しておきたいことは、この映画は「2時間という短い時間で、共通ルート、個別ルート(BAD)、グランドルート」という「エロゲによく見られるシナリオ構造」を表現しきった点である。エロゲのプレイ時間は少なく見積もって20時間程度であろう。エロゲではそれだけの時間をかけてじっくりと主人公やヒロインの人となりを表現し、物語を形作っていける。一方君の名は。 においては正確な時間は時計を見ていないので解らないが、いわゆる共通ルート的部分はせいぜい20分であろう。上述の通りこの短時間で共通ルートに求められることを表現しきったのだ。この映画の凄さはここにある。

 

 美しく細部にまでこだわった映像に加え、単純な「boy meets girl」と「結び」という要素に「エロゲ的シナリオ構造」というギミックを用いることで、この映画は高いエンターテイメント性を作りつつ、シナリオに説得力を持たせることに成功していた。2時間があっという間に過ぎていった。幾つかの箇所では身震いも覚えた。満足できるクオリティの映画であったと思う。

 

(1)nix in desertis:リトルバスターズ!

http://blog.livedoor.jp/dg_law/archives/50972960.html