湯豆腐のようななにか

はじめに少しだけ気合を入れて。その後はだらんと。

晴のちきっと菜の花びより 総評感想

注:この記事はエロゲー批評空間における弊レビューに画像などを加え、適宜改変したものであります

 

晴れのちきっと菜の花びより 総評感想
執筆者:やーみ @suxamethonium28

 はじめに
 この総評感想にはMORE系列チェルシーソフト「ソラコイ」のネタバレが含まれています。

 

f:id:suxamethonium28:20171030231657j:plain

晴れのちきっと菜の花びより このみ 初登場シーン

 

 Parasolから発売されたゲームである。幼さの残る絵柄はなんとも可愛らしい。ところがシナリオ展開自体はただキャラクターにブヒブヒ言っていればいいだけのキャラ萌えゲーとは一線を画するものであった(なお筆者は別にキャラゲーを否定したいわけではない。別に良い悪いのはなしではないので)。

 

f:id:suxamethonium28:20171030232322j:plain

晴れのちきっと菜の花びより 菜の花の苦境。彼女は共通冒頭でホームレス生活を送っていることが判明する。

  絵柄と実際の展開とが同じ方向を向いておらず、この辺のところで却ってこの作品の評価を落としたプレイヤーが居てもおかしくはないだろう。個人的には「可愛らしい絵柄」はただの嬉しい要素でしか無いので、別にさしたる問題にはならなかったのだが。

 

 感想を端的に述べるのであれば、「前半がつまらないからこそ、後半が面白くなった。この面白さは積み重ねられた『想い』が壊れたり成就したりで出来上がるものであった」となる。この意味ではMORE系列チェルシーソフト「ソラコイ」の試みが上手くいったもの、と言えるかもしれない。この作品の「面白くなさ」と、「それが面白さを作っていったこと」を中心にこの総評感想を述べていこう。

 

f:id:suxamethonium28:20171030232717j:plain

つまらないルート筆頭の野球少女のお話 本筋を考えると蛇足であろう

 まず最初にこの作品の欠点を挙げる。個別ヒロイン4人の内2ルートが致命的につまらなく、かつびっくりするほど地の文が「眠い」のだ。論理的ではなく個人の感性の問題でしかなく、それを根拠に作品を「否定」することは極めて心苦しいのだが、そう感じたのだから仕方ない。そう感じた理由をせめて個人的に探してみると、一つ思いつくものがあって、この物語の共通ルートには全くもって「遊び」が少ないのではないだろうか。後で述べるがこの作品の根幹を成す設定は「始まりの日」というTrueシナリオで語られる。それを前提として共通ルートでの登場人物たちの言動が成立する。当然ライターさんはそれを意識して書いており、作品の節々からそれは伝わってくる。

f:id:suxamethonium28:20171030232713j:plain

留年した主人公を先輩呼びしそうになる雨音さんの図。この子のルートも「送る人」システムの紹介以上の価値はなかった。

 例えば作中最初に雨音とであったシーンにおける雨音から晴真への呼び方に関して「はる先……生……」というのがある。これに関しては雨音が晴真を「先輩」と呼びそうになって言い直したのであろう。これらはいわゆる伏線であり、入れることは大いに歓迎されるであろう。

 

 ところがこの作品では私が思うに、特に共通ルートにおいては、「根幹の設定」を仄めかす内容を入れる「ために」シナリオを展開させているように見えた。「○○という伏線を張りたいな」ということが先にあって、「○○が出て来るような話の流れにしよう」という事がなされたのではないか。これらの能書きは私の勝手な妄想であって、根拠はない。ゲームフルコンプリート後改めてプレイ中に撮ったスクショを見て、脈絡なく登場する「伏線」が多いな、と感じたためである。 

 

 さてこの作品根幹の設定を直球でネタバレすると、以下のようになる。
彩菜(主人公の幼馴染であり、このみの姉)と主人公とは、お互いがお互いに告白などはしていなかったが両想いであった。彩菜の誕生日に彼彼女らはまぐわい、彩菜が身ごもった。翌日彩菜へのプレゼントを彩菜と主人公とで受け取りに行った際に火災に巻き込まれ、主人公は落命した。主人公は「死者を送るもの」となり現世に一応留まった。彩菜は主人公の死を悲嘆し即身仏を目指した。その経過中に主人公との子を流産した。絶望した彩菜は自殺を図るも、主人公の「死者を送るもの」の能力にて接触、将来彩菜が務める「死者を送るもの」の能力を前借りし、過去へ戻った。そして主人公の代わりに彩菜自身が落命する事になった。逆に主人公は彩菜を失ったことで絶望した。主人公は彼の看護を行っていたこのみに彩菜の影を見出し、性的な意味で抱いた。 

f:id:suxamethonium28:20171030233029j:plain
f:id:suxamethonium28:20171030233034j:plain
f:id:suxamethonium28:20171030233040j:plain
絶望する主人公に対する、このみの捨て身の献身。主人公の幸せのみを願う一途さに胸が打たれる。

 このみもそれを受け入れ、自らの意志で主人公の記憶の中のこのみと彩菜とを「彩菜の様なキャラクターを持ったこのみ」に統一しようと画策した。結果このみは「自ら主人公を騙している」という罪悪感に雁字搦めになることになった。この過程で主人公とこのみとは一学年留年することになった。落命した彩菜は「死者を送るもの」になり、主人公とこのみとをカップルにしようと「菜の花」として現界した。そして作中冒頭に繋がった。
 上の事情が完全に明らかになるのはTrueシナリオ「始まりの日」におけるものであるが、「彩奈自身が落命する」以下の内容はこのみルートにおいて明らかになる内容である。考えても見て欲しい。このみと彩菜(菜の花)とはそれぞれがそれぞれに主人公に好意を抱いており、その恋心を互いに罪悪感から封印している。封印しているとはいえそこはエロゲであり、プレイヤーにとっては彼女らの恋慕の情は明け透けに説明されることになる。 

f:id:suxamethonium28:20171030234402j:plain

主人公をめぐるこのみと菜の花の痴話喧嘩。想いの吐露は全ルートで存在する。

 この「好意」に晒されながら面白くない雨音ルートと野球少女ルートをプレイすることになる。少し言い回しを変えよう。この「好意」を時間をかけて説明するために、共通と雨音ルートと野球少女ルートとが存在する。たっぷり共通含め3ルート分かけてプレイヤーの胸中に涵養されていった少女の「好意」はカタルシスへの強烈な起爆装置である。

f:id:suxamethonium28:20171030233305j:plain

NTR界隈で少し話題になった一枚絵。その背景にはこのみの壮絶な献"身(心)"と菜の花のある種の裏切りがあった。

 少女の自らの恋心を犠牲に主人公を立ち直らせるという決意が明らかになるこのみルートにおいてそれは爆発する。そして菜の花ルート第1Hシーンにおいて扉の向こうで涙にくれるこのみの心情を慮るなど、つまらなかったシナリオにおける少女の立ち振舞を想起させ、カタルシスの爆発は誘爆していくことになる。

  この作品は上述の爆弾一発勝負である。その爆弾は私には強く刺さるものであった。感情が大いに揺さぶられたのは事実である。

 

 他作品になるが「ソラコイ」も極めて類似の起爆装置を投げつけてきた作品であったと思う。詳細は私の「ソラコイ 総評感想(1)」の通りであるためこちらには記載しないが、ソラコイにおいても「夭折した主人公に対して想いを伝えられなかったことを後悔し、もがき苦しむ」ということが大前提にあるヒロインが登場する。「ソラコイ」においては「ヒロインの後悔」を示す部分が余りにも少なすぎたために、少なくとも私はそれにノることができなかった。逆にこの作品では他ヒロインルートを用いてこのみの決意をプレイヤーの胸中に醸成させられていた。両者極めて似通った作品であるが(絵柄がいずれも可愛らしいことも含めて)、ある種「上手くいったソラコイ」と述べたくなった理由はここにある。

f:id:suxamethonium28:20171030234935j:plain

ソラコイより 成し得なかった卒業式への出席を、ついにやり遂げたソラの歓喜の表情は心に響くものがあった(ネタバレへの配慮のためこの書き方にしている)

 

 他ルートにおいてカタルシスの種を醸成する手法は、確かにカタルシスの爆発力を高めることに機能する。なるほど確かにこの手法は僕含め刺さる人には刺さる。とはいえ他ヒロインルートの面白さをギミックのために蔑ろにしていいかと問われると、自信をもって首肯することが私には出来ない。個別ルートや共通ルートをもっと面白くして欲しいと思ったのは事実であり、途中でプレイを投げだそうか幾度となく迷ったのも事実である(実際2ヶ月もかけて、間に別ゲームを挟みながら少しずつプレイを進めていた)。この辺りの問題に関してもう少し何とかならなかったのか、と無いものねだりをしたくもなってしまう。刺さる人に「しか」刺さらないゲームであり、大手を振って勧められない作品ではあったが、健気で少し面倒くさいヒロインに感情移入して気持ちを揺さぶられることが得意なプレイヤーはやってみてもいいのかもしれない。個人的には名作ながら、名作下限という評価になる。

f:id:suxamethonium28:20171030235133j:plain

このみさんの面倒臭さを示唆する一枚。彼女にしてみれば処女まで捧げているのだから、ある意味自然な嫉妬であろう

 

 

 なお最後に一つだけ付記しておく。

f:id:suxamethonium28:20171030233432j:plain
f:id:suxamethonium28:20171030233438j:plain
トツキトオカ療法 #とは

 作中で出てきた「重い生理」に対する「十月十日(トツキトオカ、一昔前に言われた妊娠期間を示す表現)」療法に関して、仮にパートナーの生理が日常生活に支障を来す程度に重いのであれば、それは婦人科案件である(a)。「トツキトオカ療法(=孕ませて♪)」などと冗談めかして笑っている場合ではなく、性愛がヘテロな男性諸氏はパートナーをさっさと病院に連れて行ってあげて欲しい。


 

 

(1)erogamescape Suxamethonium28さんの「ソラコイ」の感想
https://erogamescape.dyndns.org/~ap2/ero/toukei_kaiseki/memo.php?game=21864&uid=Suxamethonium28
(a)東邦大学医療センター大橋病院 婦人科 月経困難症について
http://www.lab.toho-u.ac.jp/med/ohashi/gyne/patient/detail/dysmenorrhea.html